ビエント高崎・高崎卸商社街協同組合

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高崎問屋街について

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理事長ご挨拶

 理事長 吉霖三
 私ども高崎卸商社街協同組合(ビエント高崎)は、全国初の卸商業団地として国の指定を受け、昭和38年、法人として誕生しました。高崎市内の卸問屋が郊外に団地を造成して集団化を図り、その機能を強化すべく、昭和42年、全国第1号の卸団地として完成を見ました。設立趣意書には、「今や流通革命と言われる時代の推移に対処し、新しい途を開拓する」と決意が述べられています。爾来、半世紀以上にわたり、文字通り卸商業団地の先駆けとして、その矜持を胸に相互扶助の精神の下、約12万坪の地で活動を続けております。
 昭和40年代には高前バイパスが供用を開始し、関越自動車道が着工します。内外のインフラが整備され、二次団地も完成しました。50年代には上越新幹線が開業、第2ビルも完成し、組合員数は200社に達しました。60年代には新たな組合会館が完成する等、順調に発展を続けました。
 しかしながら、その後の道程は決して順風満帆ではありません。バブルが崩壊し、社会構造の再構築に迫られ、厳しい経営を強いられました。e-コマースにより流通機能の縮小が叫ばれ、SPA等の製造小売の台頭は、中小卸売業に大きな変化をもたらしました。事実、組合員数は減少しましたが、多くはその業種業態を変化させながら、たくましく事業を展開してきました。
 一口に「卸」とは言え、その内容は様々です。日用雑貨から繊維・食品・建設資材等、あらゆる生産財・消費財に及び、取引先も小売やメーカー等、多岐にわたります。問屋は必要に応じてそのビジネスモデルを変化させ、自己変革により生き残って参りました。
 こうした中、先人は労苦を惜しまず広野に問屋街を形成してきました。街の乱開発を防ぐべく、自らの不動産の用途に制限を加える「地区計画」を制定し、一方では、JR高崎問屋町駅の誘致を果たしました。その結果、幹線道路に恵まれた地の利と相まって、飲食や小売サービス、大手ショールームが開設され、マンションや大学も進出する等、単なる卸団地ではない商業集積地に変貌しました。展示ホール「ビッグキューブ」は、そのランドマークとなっております。活気のある地で事業を営んでこそ、経営の好循環が生まれるのだと思います。
 令和の時代を迎え、ビジネスと暮らし、さらには学びが融合したダイバーシティな地域をタウンマネジメントし、高崎の副都心としてさらなる賑わいの創出を目指します。
 この地におけるビジネスこそ、われわれの誇りだと感じています。
viento
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【高崎卸商社街協同組合】 〒370-0006 群馬県高崎市問屋町2-7 TEL / 027-361-8243